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    クイズに挑戦して、
    ローマ博士になろう!

    ※クイズは今後更新していきます。

    監修:大谷哲(東海大学 文学部歴史学科西洋史専攻 准教授)

    クイズ1

    Q.コンスタンティヌス帝の巨像が手にしたこの球体、何を現しているでしょう?

    ①地球 ②真珠 ③たまご

    コンスタンティヌス帝の巨像の左手(複製)

    《コンスタンティヌス帝の巨像の左手(複製)》
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    A.①地球…世界(宇宙)の支配者である象徴

    ローマ皇帝像がしばしば手にしている球体はグロブスと呼ばれ、地球、あるいは天球を表して、それを手にする者が世界の支配者であることを象徴していました。グロブスは単体の場合もありますが、世界の支配権をもたらしてくれる神がグロブスの上に立つ形で表現されることも多く、勝利の女神ウィクトリアがその代表格です。ちなみに、前6~5世紀の古代ギリシア時代から受け継いだ知識で、地球は丸いということがローマ世界では共通認識でした。大プリニウス(後1世紀)の『博物誌』やプトレマイオス(後1~2世紀)の『地理書』でその認識を確認することができます。

    (地球球体説についての参考文献:W・ブラック著『中世ヨーロッパ ファクトとフィクション』平凡社、2021年)

    ▼正解はこちらをクリック

    ▲とじる

    コンスタンティヌス帝の巨像の左手(複製)

    《コンスタンティヌス帝の巨像の左手(複製)》
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    クイズ2

    Q.ローマ皇帝たちの像を見比べると、ハドリアヌス帝とコンスタンティヌス帝が皇帝像の重要なファッション・リーダーだったことがわかります。そのポイントとは?

    ①目つき ②ヒゲ ③前髪

    《アウグストゥスの肖像》

    《アウグストゥスの肖像》
    1世紀初頭
    ギリシア産大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    《トラヤヌス帝の肖像》

    《トラヤヌス帝の肖像》
    2世紀初頭
    パロス島産大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    《ハドリアヌス帝の肖像》

    《ハドリアヌス帝の肖像》
    130年頃
    大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    《カラカラ帝の肖像》

    《カラカラ帝の肖像》
    212-17年
    大理石
    カピトリーノ美術館分館
    モンテマルティーニ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    《コンスタンティヌス帝の巨像の頭部(複製)》

    《コンスタンティヌス帝の巨像の頭部(複製)》
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    A.②ヒゲ

    前3世紀に理髪店が根付いてから、古代ローマの成人男性でひげを伸ばしているのは、三種類の人に限られました。第一に、外観をまるで気にしない、あるいは気に掛ける余裕もない、身分が低い人。第二に、例えば喪に服したりしている、悲しみや不幸のただなかにある人。そして世俗のことを軽視していることを体現する、哲学者の三種類です。しかしハドリアヌス帝の時代、上層階級の男性にヒゲを伸ばすことが流行し、以降の皇帝たちにはヒゲを伸ばす習慣が受け継がれました。ですから、アウグストゥス、トラヤヌス帝はヒゲ無し、ハドリアヌス帝、カラカラ帝はヒゲ在りの像であらわされます。ローマ皇帝像がふたたびヒゲ無しとなるのは、コンスタンティヌス帝以降のことでした。

    (参考文献:K・W・ヴェーバー『古代ローマ生活辞典』「ヒゲ」みすず書房2011年、448-9ページ)

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    コラム1

    コンスタンティヌス帝の巨像の頭部(複製)

    《コンスタンティヌス帝の巨像の頭部(複製)》
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    ハドリアヌス帝以来、久しぶりにヒゲ無しの姿であらわされることになったコンスタンティヌス帝の像。そこには、コンスタンティヌス以前以後で政治体制が変わったのだというアピールがありました。コンスタンティヌスが帝位に登上る前、ローマ帝国はディオクレティアヌス帝が始めたテトラルキア(四帝統治)体制で収められていました。東西の正帝・副帝、計4名の皇帝が帝国を分担統治する体制です。四人の皇帝は協調姿勢をアピールするため、貨幣や彫像で、ほとんど同じ顔立ちで描かれます。刈り込んだ短髪と短いあごひげ・口ひげがその特徴です。コンスタンティヌス帝はこのテトラルキア体制のライバル皇帝たちを倒し単独支配を確立すると、ディオクレティアヌス帝までのヒゲ面ではなく、若々しいヒゲ無しの顔で像や貨幣を作るようになります。このヒゲ無し皇帝像は、コンスタンティヌス帝以後の皇帝たちの新たなスタンダードとして引き継がれるのでした。

    (参考文献:田中創『ローマ史再考:なぜ「首都」コンスタンティノープルが生まれたのか』NHK出版、2020年、27-42ページ)

    クイズ3

    Q.来日するカピトリーノの牝狼(複製)、実は以前から日本の東京に姉妹がいます(2カ所)。1カ所は調布市・飛田給ですが、もう1カ所はどこに置かれているでしょう?

    ①日比谷 ②渋谷 ③阿佐ヶ谷

    カピトリーノの牝狼(複製)

    《カピトリーノの牝狼(複製)》
    ローマ市庁舎蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    A.①日比谷

    伝説上、ローマ建国の祖とされる双子ロムルスとレムスは、生まれてすぐに捨てられ、雌狼に育てられたとされています。カピトリーノの牝狼はその伝説を表現した像で、ローマ帝国そのものの象徴と言えるでしょう。イタリア・ローマ市に本拠を置くサッカークラブASローマが狼をエンブレムにしているのもここからきています。そんなカピトリーノの牝狼、以前から日本に有名なレプリカが存在しています。1つは1938年に来日したイタリアの使節団が東京市に贈ったもので、日比谷公園に置かれています。もう一つの飛田給の味の素スタジアム南側の公園に置かれたものは、東京都・ローマ市友好都市提携5周年、「日本におけるイタリア2001年」を記念して、ローマ市から東京都に贈られました。

    (参考文献:石井元章「大戦間時代の日本とイタリア : 個人と政治の間で」『ジャポニスム研究』37(別冊),2017年、30-35ページ)

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    カピトリーノの牝狼(複製)

    《カピトリーノの牝狼(複製)》
    ローマ市庁舎蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    コラム2

    負傷した牝犬

    《負傷した牝犬》
    前100年頃(原作は前4世紀) ペンテリカス産大理石
    ジョヴァンニ・バッラッコ古代彫刻美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo Barracco

    前2~1世紀に生きた、ローマの文筆家ウァッロは『農業論』(2.9.6)で、飼い主に忠実な犬の逸話を紹介しています。プブリウス・アウフィディウス・ポンティアヌスという人物が、ウンブリアから羊の群れと牧羊犬を購入したときのこと。牧夫たちはメタポントゥム(現在のベルナルダ)の牧草地と、ヘラクレア(現在のポリコーロ)の市場まで羊と牧羊犬を納品したあと、故郷であるウンブリアの奥地まで帰ったところ、牧羊犬たちは飼い主である牧夫を恋焦がれる思いだけで、数日賭けてウンブリアまで帰ったのだと言うのです。ウァッロは牧夫たちが特別に犬に指図をしたり、何か仕掛けを用いたりしたわけではないことを強調し、「最も重要なことは、犬たちが、一家の仲間として最も頼りになるということである。」と断言しています。ただし、ウァッロはその直後に、犬の売買契約や母犬・仔犬をめぐる所有権をシビアに論じだすので、これもいかにもローマ人の農業書らしいと言えるところです。

    クイズ4

    Q.今もローマの街にそびえるトラヤヌス帝記念柱、その高さはどれくらい?

    ①約20メートル(7階建てビル程度)
    ②約30メートル(10階建てビル程度)
    ③約40メートル(13階建てビル程度)

    A.②約30メートル(10階建てビル程度)
    トラヤヌス帝記念柱の正面全景

    ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《トラヤヌス帝記念柱の正面全景》
    1774-75年 エッチング
    ローマ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo di Roma

    トラヤヌス帝記念柱、1/30縮尺模型

    《トラヤヌス帝記念柱、1/30縮尺模型》
    1960年代(原作は113年)
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    モエシアの艦隊(トラヤヌス帝記念柱からの石膏複製)

    《モエシアの艦隊(トラヤヌス帝記念柱からの石膏複製)》
    1861–62年(原作は113年)
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    デケバルスの自殺(トラヤヌス帝記念柱からの石膏複製)

    《デケバルスの自殺(トラヤヌス帝記念柱からの石膏複製)》
    1861–62年(原作は113年)
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    皇帝による2度のダキア遠征での勝利を記念したトラヤヌス帝記念柱には、戦いの様子だけでなく、皇帝の演説やダキア兵の降伏なども描かれました。その高さはおおよそ30メートル、10階建てのビルほどの高さです(ただし、台座を入れると約40メートル!)今回展示されるフリーズ(複製)には、遠征のためドナウ川を航行しようとする船や、ローマ人の文化としてもたらされた円形闘技場が表現され、別のフリーズ(複製)には、捕虜になることを拒んで自らの首に刃をあて果てようとする敵将デケバルス王と、王の自刃を阻止しようと殺到するローマ騎兵たちが描かれています。記念柱の台座には「このような作業に対しどれほどの高さの丘が取り払われたのかを示すため」捧げた旨が刻まれています(考古学調査の結果、実際に記念柱建設のためにこの場所から取り除かれた丘は記念柱の半分ほどの高さだったことが判明しています)。この記念柱を建てた者が、柱を見上げる者に示したかった様々なメッセージを考えてみるのも一興かもしれません。

    (参考文献:坂田道生「「ローマ文化」の建設 : トラヤヌス記念柱の犠牲式図像に関する一考察」『美学』65 巻 1 号、2014 年、37-48ページ)

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    クイズ5

    Q.古代ローマ帝国の誇るのローマ街道は、実はある施設がたくさん建てられていました。ある施設とは?

    ①公共トイレ ②宿屋 ③お墓

    古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点

    ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点 (『ローマの古代遺跡』第2巻より)》
    1756年頃 エッチング、エングレーヴィング
    ローマ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo di Roma

    A.③お墓

    「すべての道はローマに通ず」と後の世に格言が生まれるほどに有名だったローマ街道は、ローマ市郊外では驚くほどたくさんのお墓が両脇に立ち並んでいました。実はローマでは市内は生きた人間のための空間であるとされ、死者のための場所、すなわちお墓は、ごく限られた特別な人以外は、市外に建てることが定められていました。いわゆる「十二表法」にもその規定があります。とある研究者は有名なアッピア街道を「幽霊街道」と名付けてすらいます。金持ちは自慢のために豪勢に、そうでない人もささやかに、自分の記憶が永遠に残ることを祈って、道行く人に見えるところにお墓を立てました。ピラネージが描いたのはもちろん空想混じりのアッピア街道ですが、いにしえから現代まで街道を行く人を驚かせてきたたローマ人の墓のいくつかは、今も実際の街道に残っています。

    (参考文献:南雲泰輔「ローマ街道沿いの墓地と感情」、南川高志・井上文則編『生き方と感情の歴史学:古代ギリシア・ローマ世界の深層を求めて』、山川出版社、2021年4月330-346頁)

    (参考動画:ローマ街道 タイムトラベル アッピア街道 イタリア横断580キロ(NHKオンデマンド)※ご視聴にはNHKオンデマンド会員登録およびご購入が必要です。

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    古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点

    ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点 (『ローマの古代遺跡』第2巻より)》
    1756年頃 エッチング、エングレーヴィング
    ローマ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo di Roma

    クイズ6

    Q.ローマ展で見られる通称カザーリ家の祭壇(複製)に描かれる、トロイアの王子パリスとローマ建国者ロムルス・レムス。彼らの知られざる共通点とは?

    ①生みの親が神 
    ②育ての親が動物 
    ③親がいない

    《アウグストゥスの肖像》

    《ティベリウス・クラウディウス・ファウェンティヌスの祭壇、通称カザーリ家の祭壇(複製)》
    1933-37年(原作は祭壇:2世紀後半、銘文:3世紀以後) 雪花石膏
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo della Civiltà Romana

    《ヘラクレスと息子テレポス(ラストラ・カンパーナ)》

    《ヘラクレスと息子テレポス(ラストラ・カンパーナ)》
    2世紀 テラコッタ
    ローマ文明博物館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    A.②育ての親が動物

    ローマ建国の祖と神話で語られるロムルス、レムスが、王家の娘レア・シルウィアと戦神マルスの間に生まれた子で、捨てられたのちに雌狼に育てられたことは大変有名ですが、実はトロイア王子パリス(「パリスの審判」や人妻ヘレネとの略奪婚でトロイア戦争を引き起こしたとされる伝説上の人物)にも、ロムルスやレムスと大変にかよったエピソードがあります。パリスの父であるトロイア王プリアモスは、王妃ヘカベがパリスを産む際に見た、自分が生んだ松明の火のためにトロイアが焼け落ちるという夢と、夢占い師の「この子は災厄の種になる」という言葉を信じて、生まれたばかりのパリスをイダ山に捨てさせます。ところが捨てられた赤子は雌熊に拾われ、乳を与えられて生き延び、成長したのちにふとしたことがきっかけで王家の子と判明してトロイア王子に戻るのでした。パリスが雌熊に育てられたという神話を伝えるのは、後1~2世紀のアポロドロスという作家。ローマ人は祖と仰ぐ神話上の英雄たちが、野生の動物に育てられたというエピソードが大好きだったようです。ローマでも人気の高かったヘラクレスの息子テレポスが、牝鹿に育てられたというエピソードも、この時期好んで図像に描かれました。

    (参考文献:松田治『ローマ建国伝説 ロムルスとレムスの物語』講談社学術文庫、2007年;高津春繁訳『アポロドーロス ギリシア神話』岩波書店、1953年、153-154頁)

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    コラム3

    《リウィアの肖像(複製)》

    《リウィアの肖像(複製)》
    制作年不詳(原作は1世紀初頭?) 石膏
    アラ・パキス美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali /Archivio Fotografico del Museo dell’Ara Pacis Augustae

    《女性の胸像》

    《女性の胸像》
    頭部:1世紀末-2世紀初頭、
    胸部:2世紀後半 ギリシア産大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    《マティディアの肖像》

    《マティディアの肖像》
    120-21年頃 大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    《女性の肖像》

    《女性の肖像》
    3世紀初頭 大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    ローマ展にならぶ女性の肖像は、ちょうど帝政時代のローマで流行した、代表的な女性の髪形を時代別に見せてくれます。皇帝アウグストゥスの妻がモデルの「リウィアの肖像」は、前1世紀後半に流行した前髪を巻き上げるスタイル(アウグストゥスの姉が好んだ髪形)に、さらにサイドを波立たせるアレンジ。2人は時代のファッションリーダーでした。顔に沿ってカールを巻く髪形(No.18「女性の胸像」)は後1世紀中頃からの流行。有名な皇帝ネロの母、アグリッピナの髪形をアレンジしたものだといわれます。トラヤヌス帝の姪がモデルの「マティディアの肖像」は、トラヤヌスの一族の女性たちが好んだ、冠のように髪の毛を結い上げるスタイルを表していて、これも当時の女性たちに人気でした。3世紀初頭の「女性の肖像」(No. 22)で注目したいのは、額からはみ出ている地毛。ローマでは女性のウィッグ、つけ毛は広く用いられています。その他ピンセット、ヘアネット、カールを作るための熱した「こて」、髪の色を変える染料(男性も用いた)、仕上げには髪の毛用の香料があったことが、様々な文献や考古学的な遺物から判明しています。

    (参考文献:河島思朗『古代ローマ ごくふつうの50人の歴史―無名の人々の暮らしの物語』さくら舎、2023年、145-148頁)

    クイズ7

    Q.ド派手な演出で知られる古代ローマの剣闘士ショー。有名な将軍ポンペイウスはこの見世物のため、何頭の豹を登場させたでしょう?

    ①10頭 ②約200頭 ③約400頭

    豹と猪の群像

    《豹と猪の群像》
    1世紀 ペンテリカス産大理石
    カピトリーノ美術館分館 モンテマルティーニ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    A.③約400頭

    古代ローマ人が、円形闘技場での残酷な剣闘士ショーに熱狂していたことはよく知られていますが、興行では動物対動物、動物対人間のショーも多く、遠方から連れてこられたエキゾチックで獰猛な野獣が殺される見世物が好まれました。カエサルとの同盟・ライバル関係で知られるポンペイウスは、この種の見世物のため500頭のライオン、410頭の豹、20頭の象を用意しました。ちなみに皇帝ティトゥスは、1日の見世物だけで5000頭の野獣を殺させています。「豹と猪の群像」で表現されるもう一方の猪は、古くから勇敢な狩人の獲物に相応しいとされ、ハドリアヌスのような皇帝も猪狩りを行いました。いまもローマ市に残る「コンスタンティヌスの凱旋門」円形浮彫りには、まさにハドリアヌスが行った狩りの様子が描かれています。

    (参考文献:大プリニウス『博物誌』8巻29章71節、坂田道生「《ハドリアヌスの円形浮彫り群》の図像解釈について : 犠牲式と狩猟の図像伝統に照らして」『美術史』63(2)、2014年、256-271頁、本村凌二『帝国を魅せる剣闘士―血と汗のローマ社会史』山川出版社、2011年)

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    豹と猪の群像

    《豹と猪の群像》
    1世紀 ペンテリカス産大理石
    カピトリーノ美術館分館 モンテマルティーニ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    コラム4

    《ディオニュソスの頭部》

    《ディオニュソスの頭部》
    2世紀半ば 大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    古代ギリシア神話では、葡萄酒の神として知られるディオニュソス。永遠の都ローマ展に出品中の大理石製「ディオニュソスの頭部」像は、日本の美術系学生たちからは長らく、「アリアス」の名で親しまれてきた石膏像の原作でもありました。1876年に設立された日本初の官立美術学校、工部美術学校に招聘されたヨーロッパ人教官たちは、西洋古代彫刻から複製された石膏像を持参し教材にしました。そして東京美術学校に1896年に設立された西洋画科のカリキュラムと入学試験科目に石膏デッサンが設定されたため、ながらく日本の美術系学校・大学や予備校で、芸術家を目指す若者たちは石膏像をデッサンする青春を送るようになったのです。「アリアス」という日本独特の石膏像名称は、ディオニュソスの妻となったアリアドネの名から来ていると思われますが、いつごろから生まれ、定着したのかはわかりません。しかし、茨城県天心記念五浦美術館所蔵の「東京美術学校学生製作品」(おそらく1896~1932年入学生による)には、32枚の「アリアス」石膏像デッサンが含まれますし、小磯良平らが刊行した『デッサンの技法』(美術出版社、1955年)には「アリアス胸像」をデッサンする際には首と肩のつながりを意識するべきとのアドバイスがあり、この石膏像の存在と名称が日本の美術界に定着していた様子がうかがえます。

    (参考文献:荒木慎也『石膏デッサンの100年―石膏像から学ぶ美術教育史』アートダイバー、2018年)

    コラム5

    《マイナスを表わす浮彫の断片》

    《マイナスを表わす浮彫の断片》
    前1世紀末-後1世紀、ペンテリカス産大理石
    カピトリーノ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    「マイナス」(狂える女の意)と呼ばれる女性たちは、古代ギリシアの酒の神、ディオニュソス(バッコス)の信女たちのことを指します。家を捨て、酒と音楽に熱狂して酒神への儀式を行う彼女らは、生贄にした動物や子供の生肉を食うとまで言われました。古代ギリシアの悲劇作家エウリピデス作『バッカイ』(バッコスの信女)は、古代ギリシア人が抱いた、そんな信女たちのイメージを表しています。ローマ社会にも、酒神バッコスに捧げる密儀が早くから伝わります。この密儀が男女を問わず多くの参加者を集めるようになると、前186年、ローマ元老院は7千人以上の男女を逮捕し、数百人を死刑にした上、バッコスの密儀を禁止しました。このローマ共和政史上有数のスキャンダルは、ローマ政府の宗教弾圧とも、秘密結社の存在を嫌うがゆえの治安目的の行為であったとも言われます。しかしこの禁令を刻んだ碑文(『ラテン碑文集成』第1巻第2版、第581番碑文)をよく読むと、当局の許可を得た5人以下の会合であれば認可されていたようで、その後もバッコスはローマ社会で熱心に崇拝され続けた神でした。

    (参考文献:古山正人ほか編訳『西洋古代史料集』東京大学出版会、1987年、133-135頁、逸見喜一郎『ソフォクレース『オイディプース王』とエウリーピデース『バッカイ』―ギリシャ悲劇とギリシャ神話』岩波書店、2008年)

    クイズ8

    Q.ローマの象徴ともいえるカピトリーノの牝狼。このブロンズ像には、その来歴を知るヒントだと考えられてきたある特徴があります。それはいったい…?

    ①浮いたあばら 
    ②垂れ下がった尾 
    ③後ろ脚の傷

    《カピトリーノの牝狼(複製)》

    《カピトリーノの牝狼(複製)》
    カピトリーノの牝狼(複製)20世紀(原作は前5世紀)ブロンズ
    ローマ市庁舎蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    《カピトリーノの牝狼》

    《カピトリーノの牝狼》
    1594-1602年 エッチング
    ローマ美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo di Roma

    飛田給、味の素スタジアム前の公園にある牝狼像(大谷撮影)
    A.③後ろ脚の傷

    永遠の都ローマ展に出品中のカピトリーノの牝狼(複製)でぜひ見ていただきたいのが、狼の右後ろ脚の損傷。この傷は、このブロンズ像の来歴を探る重要な鍵だと考えられ注目を浴びてきました。実はローマ時代の哲学者・政治家キケロが、前65年にカピトリーノの丘を稲妻が撃ち、そこに設置されていた多くの像が被害を受けたことを伝えていてるのです(『カティリナ弾劾』第3演説19節)。そこで古くから、牝狼像の損傷はこの落雷によるもので、ひいては牝狼像はこの時代からカピトリーノの丘にあったと考える説がありました。しかし、19世紀から、いやこの損傷は鋳造・成型時のミスで出来たものだという説もあり、以降、鋳造方法から中世の作品だという説、使用されている金属とその様式的特徴から紀元前のエトルリア人の作だという説などが渦巻いています。もしよければ、展示された牝狼像の傷を見ながら、その傷はどこでついたものなのか、牝狼がどんな歴史を見てきたのか、問いかけてみてはいかがでしょうか。

    (参考文献:C. Mazzoni, She-Wolf: the Story of A Roman Icon, Cambridge University Press, 2010, 14-39. 小川正廣ほか訳『キケロー選集3』岩波書店、1999年、66-67頁)

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    コラム6

    カラヴァッジョ

    カラヴァッジョ
    洗礼者聖ヨハネ
    1602年 油彩、カンヴァス
    カピトリーノ美術館 絵画館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    パルマで活動したフランドルの画家

    パルマで活動したフランドルの画家
    洗礼者聖ヨハネ
    16世紀末 油彩、銅板
    カピトリーノ美術館 絵画館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    グエルチーノ

    グエルチーノ
    洗礼者聖ヨハネ
    1645-49年 油彩、カンヴァス
    カピトリーノ美術館 絵画館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    西洋美術に描かれる人物が何者なのかは、しばしばその持ち物(アトリビュート)で特定されます。洗礼者聖ヨハネの場合は、『マタイ福音書』(3章4節)に「らくだの毛ごろもから作られた着物を着て、腰には皮の帯を締めていた」とあることからラクダの毛皮。他には十字架形をしたアシの杖。それも『ヨハネ福音書』1章29節で彼がイエスを目にして「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」と言ったとされることから、「Ecce, Angus Dei(見よ、神の子羊)」と書かれたリボンがしばしばつきます。「パルマで活動したフランドルの画家」やグエルチーノの《洗礼者聖ヨハネ》でも、これらの要素が配されています。
    ところで、「永遠のローマ展」福岡会場の目玉作品、カラヴァッジョ作《洗礼者聖ヨハネ》は、17世紀にこの絵について記した目録や所有者の遺言書などから洗礼者聖ヨハネを描いたとされてきましたが、研究者たちの解釈はさまざまです。例えばキリストを象徴する子羊ではなく、角の生えた雄羊が描かれていることなどの要素から、裸体でほほ笑むこの少年は、旧約聖書『創世記』22章1-19節で記される、神への忠誠を示すため、父アブラハムによって生贄にされかけ、すんでのところで救われたイサクだという説も。観るものに視線を投げかけるこの少年はいったい誰なのか、謎めいたほほ笑みを見ながら考えてみるのはいかがでしょうか。

    (参考文献:木村太郎『カラヴァッジョを読む 二点の通称《洗礼者聖ヨハネ》の主題をめぐって』三元社、2017年;小林稔・大貫隆訳『〈新約聖書Ⅲ〉ヨハネ文書』岩波書店1995年)

    クイズ9

    Q.永遠の都ローマ展に出品中の「パイエーケス人の踊り」。この薄肉彫作品がホメロスの叙事詩に歌われる「パイエーケス人の踊り」だということは、作品中のあるアイテムでもわかります。そのアイテムとは?

    ①大きく広げた布
    ②踊り手たちのサンダル
    ③片隅に転がるボール

    アントニオ・カノーヴァ《パイエーケス人の踊り》

    アントニオ・カノーヴァ
    《パイエーケス人の踊り》
    1806年 石膏による薄肉彫
    ヴィラ・トルロニア美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo di Villa Torlonia

    A.③片隅に転がるボール

    ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』第8歌には、故郷を目指して苦難の旅を続ける英雄オデュッセウスをもてなしたパイエーケス人たちが見事な踊りを披露した場面が歌われます。中でも特に踊りの上手な2人が指名されると、紫の美しい特別製のボール(毬)を使って、跳躍と投擲(とうてき)を織り交ぜた目まぐるしいダンスが披露され、オデュッセウスも驚嘆して褒めちぎります。ちなみに、漂着したオデュッセウスを最初に助けたパイエーケス人の王女ナウシカアは、宮崎駿監督のアニメ映画『風の谷のナウシカ』にインスピレーションを与えた登場人物です。宮崎監督は「私はバーナード・エブスリンの『ギリシア神話小辞典』(社会思想社刊行教養文庫、小林稔訳)で彼女を知ってから、すっかり魅せられてしまった。」と述べています。ギリシア人もローマ人も愛したかの英雄叙事詩の世界が、現代に至るまで連綿と芸術家たちに霊感を授けていることがわかります。

    (参考文献:松平千秋訳『ホメロス オデュッセイア』上巻、岩波書店、1994年、205-206頁。『風の谷のナウシカ』(豪華装丁版・上巻)徳間書店、1996年、巻末エッセイ「ナウシカのこと」)

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    ▲とじる

    アントニオ・カノーヴァ《パイエーケス人の踊り》

    アントニオ・カノーヴァ
    《パイエーケス人の踊り》
    1806年 石膏による薄肉彫
    ヴィラ・トルロニア美術館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico del Museo di Villa Torlonia

    クイズ10

    Q.「永遠のローマ展」で複数の作品に描かれる「洗礼者聖ヨハネ」。イエスに洗礼を授けたこの人物は、荒野に暮らし、口にするのも野蜜(野生のハチの蜜)など荒野でとれるものでした。野蜜のほかに、ヨハネの食べ物として知られているものとは?

    ①マムシ ②イナゴ ③ネズミ

    パルマで活動したフランドルの画家

    パルマで活動したフランドルの画家
    洗礼者聖ヨハネ
    16世紀末 油彩、銅板
    カピトリーノ美術館 絵画館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    グエルチーノ

    グエルチーノ
    洗礼者聖ヨハネ
    1645-49年 油彩、カンヴァス
    カピトリーノ美術館 絵画館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    A.②イナゴ

    洗礼者聖ヨハネは、古代ユダヤに現れた宗教家でした。荒野に住み、人々に悔い改めを呼びかけ、ヨルダン川で罪を清める洗礼を授けていました。イエスもこのヨハネから洗礼を受けています。新約聖書の『マタイ福音書』(3章4節)はヨハネについて、「彼の糧(かて)はいなごと野蜜であった」と記しています。彼については、キリスト教の新約聖書以外にも、ユダヤ人の歴史家ヨセフスによる『ユダヤ古代誌』第18巻116-119節が記録しています。その記録によれば、ヨハネによる洗礼活動が多くの人を惹きつけ、ヨハネの影響力を恐れた領主ヘロデ・アンティパス(有名なヘロデ大王の子)によって処刑されたとされています。新約聖書『マルコ福音書』6章14-29節では、ヘロデが義理の妹ヘロデヤと不義の結婚をしたことを批判したためにヨハネは逮捕され、ヘロデヤの娘の希望でヨハネが斬首されたと記されます。いずれにせよ、イエスの先駆者と目されたヨハネは、キリスト教文化の中で、重要な聖人として崇敬されていくことになります。

    (参考文献:新カトリック大辞典編纂委員会『新カトリック大辞典』第4巻「ヨハネ〔洗礼者〕」、研究社、2009年;佐藤研訳『〈新約聖書Ⅰ〉マルコによる福音書 マタイによる福音書』岩波書店1995年;フラィウス・ヨセフス著、秦剛平訳『ユダヤ古代誌6』ちくま学芸文庫、2000年)

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    クイズ11

    Q.「永遠の都ローマ展」福岡展に出品中のピエトロ・ダ・コルトーナ作《教皇ウルバヌス8世の肖像》。ここに描かれる教皇ウルバヌス8世はとある有名人との関係で知られるのですが、その人物とは?

    ①コペルニクス
    ②ガリレオ・ガリレイ
    ③アイザック・ニュートン

    ピエトロ・ダ・コルトーナ作《教皇ウルバヌス8世の肖像》

    ピエトロ・ダ・コルトーナ
    《教皇ウルバヌス8世の肖像 》
    1624-27年頃 油彩、カンヴァス
    カピトリーノ美術館 絵画館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

    A.②ガリレオ・ガリレイ

    教皇ウルバヌス8世(在位1623-44年)は、フィレンツェやローマで学び、ピサ大学で法学博士号を取得した学者でもありました。プロテスタントとカトリックの対立、ハプスブルク 家とブルボン家の抗争を背景とした30年戦争時代に教皇となり、難局に政治家としての判断を迫られる立場でありながら、学問と芸術の擁護者としても知られます。彼はガリレオに対しては当初むしろ好意を持っていたようで、ガリレオが1623年に出版し、教皇に献呈した『偽金鑑識官 』というタイトルの天文学や自然・科学に関する書物を大いに気に入り、食卓で朗読させたほどだったようです。ところが、ガリレオがのちに著した『天文対話』は、太陽や地球の運行に関して、教皇庁が否定していた学説を擁護していることなどを理由に禁書となってしまいます。ウルバヌス8世はガリレオがこの書物を出版したプロセスから疑念と怒りを覚えていたようですが、実は最終的にガリレオにキリスト教異端の判決を下した教皇庁の裁判やガリレオに対する扱いは、かなり穏当なものだったことがわかっています。

    (参考文献:田中一郎『ガリレオ裁判 400年後の真実』、岩波書店、2015年;新カトリック大辞典編纂委員会『新カトリック大辞典』「ウルバヌス8世」、研究社、2009年)

    ▼正解はこちらをクリック

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    ピエトロ・ダ・コルトーナ作《教皇ウルバヌス8世の肖像》

    ピエトロ・ダ・コルトーナ
    《教皇ウルバヌス8世の肖像 》
    1624-27年頃 油彩、カンヴァス
    カピトリーノ美術館 絵画館蔵

    ©Roma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

  • 関連講演会イベント

    「永遠の都 ローマ展」関連イベント NHK「フロンティア」番組上映会

    NHK福岡放送局では、福岡市美術館で開催中の「永遠の都 ローマ展」に関連して、NHK-BS、BSP4Kで1月放送の「フロンティア『世界都市ローマ“永遠の都”の秘密』」番組上映会を実施します。

    日時:2024年2月25日(日)
    開場:午後2時 開演:午後2時30分 終演予定:午後4時
    会場:NHK福岡放送局 2階 よかビジョンホール(福岡県福岡市中央区六本松1-1-10)
    主催:NHK福岡放送局
    内容:
    世界帝国の首都として、キリスト教の聖地として、ルネサンスなど芸術の発信地としての“永遠の都 ローマ”の魅力に迫る番組を制作プロデューサーの解説とともに、上映いたします。
    解説/大坪太郎(NHK「フロンティア」制作統括)
    出演予定:
    池田陽香アナウンサー(NHK福岡)、三戸部聡大アナウンサー(NHK福岡)
    観覧申込:
    入場は無料ですが、事前のお申し込みが必要です。以下のNHKサイトの専用申し込みフォームからお申し込みください。
    <PC・スマホ専用申し込みフォーム>
    <締切>2月13日(火)午後11時59分
    申込は締め切りました

    問い合わせ先:NHK福岡放送局

    電話:092-724-2266
    (平日 午前10時~午後6時)
    ホームページ


    2/20(火)~【平日限定】来場者全員にオリジナルコースタープレゼント!

    2月20日(火)より、平日限定で来場者全員にオリジナルコースターをプレゼントします。(非売品・全5種類)
    なくなり次第終了となりますので、ご希望の方はお早めにお越しください。

    *お1人様1枚のみとなります。コースターの種類は選べません。
    *コースターがなくなり次第、終了となります。


    2/20(火)~SNS投稿でオリジナルコースタープレゼント!

    2月20日(火)より、フォトスポットまたは写真撮影可能な作品を撮影して SNSに投稿してくださった方に展覧会オリジナルコースター をプレゼントします。(非売品・全5種類)
    来場記念にぜひ投稿してください。

    【プレゼント方法】投稿した画面を会場入口スタッフにお見せください。

    *平日・土日祝どちらも実施しております。
    *SNS投稿数に関わらず、コースタープレゼントは1枚となります。コースターの種類は選べません。
    *コースターがなくなり次第、終了となります。

    オリジナルコースター

    2/22(木)13:00~学芸員によるギャラリートーク開催!

    日時:2月22日(木)13:00~(30分~1時間程度)
    会場:2階特別展示室「永遠の都ローマ展」会場

    担当学芸員・渡抜由季さんによるギャラリートークを開催します。
    作品のみどころや鑑賞のポイントを分かりやすく解説します!

    【参加方法】
    申込不要・聴講無料ですが、当日の本展観覧券が必要です。(チケット切り離し無効)
    開始5分前、2階「永遠の都ローマ展」会場入口にお集まりください。

    学芸員によるギャラリートーク

    【終了しました】
    記念講演会「永遠の都ローマ展の楽しみ方」

    日時:2024年1月7日(日)午後2時~3時30分
    講師:加藤磨殊枝(立教大学文学部教授、本展監修者)
    料金:
    聴講無料、ただし本展観覧券(または半券)もしくはQRチケット画面の提示が必要。
    申込締切:2023年12月20日(水)午後11時59分
    申込は締め切りました


    【終了しました】
    講演会「都市ローマを読み解く」

    日時:2024年1月20日(土)午後2時~4時
    講師:
    小川拓郎(九州大学大学院人間環境学研究院 助教)
    堀賀貴(九州大学大学院人間環境学研究院 教授)
    山田順(西南学院大学 国際文化学部 准教授)※50 音順
    料金:
    聴講無料、ただし本展観覧券(または半券)もしくはQRチケット画面の提示が必要。
    申込締切:2024年1月14日(日)午後11時59分
    申込は締め切りました


    【終了しました】
    「永遠の都 ローマ展」特別プログラム スペシャルクラシックコンサート

    「永遠の都 ローマ展」特別プログラムとして、ヴァイオリンとピアノでクラシックの名曲をお届けするスペシャルデュオコンサートです。この日のために厳選されたオール・イタリア・プログラムの味わい深い優雅な調べをご堪能ください。

    日時:2024年2月12日(月・祝)
    開場:午後1時30分 開演:午後2時 終演予定:午後3時
    会場:福岡市美術館ミュージアムホール(福岡市中央区大濠公園1-6)
    出演:
    フェデリコ・アゴスティーニ
    (ヴァイオリニスト、元イ・ムジチ合奏団コンサートマスター)
    ジュゼッペ・マリオッティ(ピアニスト)

    「永遠の都 ローマ展」特別プログラム スペシャルクラシックコンサート

    曲目:
    アルカンジェロ・コレッリ「ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ長調Op.5」
    フェルッチョ・ブゾーニ「悲歌集 トゥーランドットの居間(間奏曲)」
    アントニオ・ヴィヴァルディ「四季」(編曲版)
    料金:
    聴講無料、ただし本展観覧券(または半券)もしくはQRチケット画面の提示が必要。 申込締切:2024年1月28日(日)午後11時59分
    申込は締め切りました

    問い合わせ先:
    ハローダイヤルTEL 050-5542-8600
    (午前9時~午後8時 年中無休)

    ※応募多数の場合は抽選とさせていただきます。
    ※当落の結果は、締切後1週間以内にメールでご案内します。
    ※ご応募の際にいただいた個人情報は、本イベントの連絡のみに使用させていただきます。

  • ローマ展特別コラボレーションメニュー

    「永遠の都ローマ展」開催を記念して、福岡市美術館内の「レストラン プルヌス」と「カフェ アクアム」で、特別コラボレーションメニューが登場します。

    パスタセット
    大濠パンケーキ
    アフォガード
    ホットチョコレートドリンク

    【提供期間】2024年1月5日(金)~3月10日(日)

    【提供メニュー】
    (2Fレストラン プルヌス)
    パスタセット~Deviazioneデビァチォーネ~ ¥2,860(税込)~
    2種から選べるパスタとイタリアを代表するスイーツ“ティラミス”がセットになったお得なコースです。

    〈メニュー〉
    ・アンティパスト(イタリアンハム 3種&コンディメント/フレッシュサラダ イタリアンドレッシング)
    ・ミネストローネ
    ・選べるパスタ
    ・ドルチェ(ティラミス バニラアイス添え)
    ・コーヒー(エスプレッソにも変更可)

    (1Fカフェ アクアム)
    大濠パンケーキ ¥1,320(税込)
    チョコレートソースをたっぷりかけた冬季限定のパンケーキ

    アフォガード ¥825(税込)
    ソフトクリームに熱々のエスプレッソをかけたイタリアの伝統的なデザート

    ホットチョコレートドリンク ¥825(税込)
    寒い冬にホッとできる濃厚チョコレートドリンク

    レストラン プルヌス & カフェ アクアムHP

  • 番組情報

    (番組名)
    フロンティア「世界都市ローマ “永遠の都”の秘密」

    (放送予定)
    1月25日(木)午後10時~(NHK-BSP4K)
    1月31日(水)午後9時~(NHK-BS)

    (内容)
    イタリアのローマは二千年もの間、世界の中心でした。
    世界帝国の首都として、キリスト教の聖地として、ルネサンスなど芸術の発信地として。
    “永遠の都”の魅力に迫ります。

    フロンティア「世界都市ローマ “永遠の都”の秘密」
  • ジュニアガイド

    小学5年生以上を対象としたお子様向け展覧会鑑賞ガイドです。

    【ジュニアガイド設置場所】
    ・福岡市美術館2階
    ・NHK 福岡1階

    ダウンロードはこちら(PDF/約5MB)

    ジュニアガイド(福岡)

    ジュニアガイドによる
    「永遠の都ローマ展スタンプラリー」開催中!

    スタンプを集めてNHK福岡放送局に持っていくと記念品として特製缶バッジがもらえます。
    【期間】2月25日まで
    ※スタンプラリーの台紙(NHKジュニアガイド)は、福岡市美術館(2階)とNHK福岡放送局に設置しています。

    ジュニアガイドによる「永遠の都ローマ展スタンプラリー」
  • 東京展会場写真

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